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福岡高等裁判所 平成4年(ネ)874号 判決

主文

一  原判決中、一審被告ら敗訴部分を取り消す。

二  一審原告の請求をいずれも棄却する。

三  一審原告の本件控訴を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審とも一審原告の負担とする。

理由

第一  控訴(附帯控訴)の趣旨

一  一審原告

1  原判決を次のとおり変更する。

2  一審被告らは一審原告に対し、連帯して九九七万六五五〇円及びこれに対する平成元年九月二九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  一審被告国及び一審被告古河機械金属株式会社(以下「一審被告会社」という。)

主文と同旨

第二  事案の概要は、次に付加、訂正するほか、原判決事実及び理由欄第二記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決二枚目裏二、三行目「パチンコ点」とあるを「パチンコ店」と、同一一行目「プレハブ家屋二棟」の次に「(以下「旧プレハブ」という。)」を加える。

二  同三枚目表七行目「本件仮処分決定」の次に「「主文は、本件物件及び旧プレハブに対する一審原告の占有を解いて、これを一審被告会社の申し立てる福岡地方裁判所田川支部執行官の保管に移す、執行官は一審被告会社が本件物件を本件プレハブ内に搬入し、かつ旧プレハブを解体収去することを許す、この場合執行官は本件プレハブを占有保管し、一審原告の申出があつたときは一審原告に対し、本件プレハブへの立入り並びに本件物件を他へ搬出、使用することを許さなければならない、等となつていた。)」を加える。

三  同四枚目裏一〇行目「本件仮処分は、」の次に「すでに一審原告の向川原家屋の工事も完成し、本来一審被告会社としては一審原告に対し旧プレハブの明渡しを請求できたのであるが、一審原告の便宜や、同人の協力を得られないことを考えて、代替保管場所として本件プレハブを築造したうえ、本件仮処分の形式を取つたもので」を加える。

四  同五枚目表七行目「されるべきである」の次に「(特に、一審原告が本件物件の一部を搬出して自ら保管に着手する意思を示した以降は、同人の自己所有物に対する能動的な保管を期待できるからなおさらである。)」を、同行の末尾に「従つて、執行官の点検執行についても、職権による点検は予定されておらず、当事者の申出のある場合に行えば足りるものである。」を、同裏一二行目の末尾に「なお、一審被告会社は、保管義務違反に関する一審被告国の主張を援用する。」を、各加える。

五  同六枚目表七行目から同末行までを「本件物件の紛失、毀滅は、本件プレハブ内に侵入した第三者によるものであるから、これを防止するには年一回の点検では不可能であり、また、監視体制を強化することも費用的に非現実的であつて(旧保管場所もプレハブであり、本件プレハブでの保管について保管責任が過重されるのは不当である。)、一審被告らの過失と一審原告の損害との間には因果関係がない。

また、一審原告が本件プレハブ内に仮処分の執行時から高価品を収納させた事実はない。仮に一時収納させたことがあつたとしても、一審原告は、昭和四九年一二月一六日、本件物件のうち相当数の物件を搬出しており、この中に高価な、又は使用可能な物件が多数含まれていたから、本件プレハブに残された物件は無価値のものが大半であり、特に電還器等は経年による陳腐化や放置されたことで無価値となつていた。」と、改める。

六  別紙物件目録三を「福岡県田川郡添田町大字庄字神田三一一番一、宅地、三三〇・五七平方メートル内に存在する各三三・九五二平方メートルのプレハブ家屋二棟」と改める。

第三  争点に対する判断

一  本件仮処分の発令前後の経緯について、《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

1  一審被告会社は、一部が一審原告の向川原家屋の直下部分を通る水路の鉱害復旧工事(国の補助による)をする必要から、その関連工事として向川原家屋の右水路にかかる部分の一部解体、揚家及び補修工事をすることになり、右工事期間中、一審原告が同人方の家財道具や営業していたパチンコ店の備品等の一部を自ら居住していた添田駅前家屋に保管できないというので、保管場所を提供することにした。一審原告は、右工事に当たり、理由のない要求を執拗かつ強硬に繰り返し、容易に工事に着工せず、工事の遅延による損害の拡大を恐れた一審被告会社に譲歩に次ぐ譲歩を余儀無くさせた。

2  右工事は、昭和四八年四月にようやく着工され、そのころ、一審原告の本件物件は、業者の手で一審被告会社が用意した旧プレハブ内に搬入されたが、同建物は、右工事の期間として二か月が予定されていたので、同社が三か月をめどに第三者(宮城秀明)から借地して設置した(費用は一審被告会社負担)ものであつた。

3  向川原家屋の工事自体は、店舗ホール部分等は同年四月三〇日までの、その他の部分等は同年六月一〇日までの各工期内に完成したが、一審原告が建物の効用に関係のない同家屋の地下にある導水管の撤去を新たに要求して自己引受工事(パチンコ機械据付工事)をしなかつたり、自己が要求して工事内容を変更させておきながらその事実を否認したり、検査に来た係官に執拗に様々な要請を繰り返したため、監督官庁の数度の完了検査に合格せず、解決がいたずらに遅れた。結局、一審被告会社は、本件鉱害復旧工事のため国から受けた補助金を返還して自己復旧工事として工事を完成させ、昭和四九年に一審原告を相手に鉱害債務不存在確認の訴えを提起して、第一、二審とも勝訴し昭和六三年に判決が確定したが、その間一審原告は向川原家屋にあえて入居しなかつた。

4  一審被告会社は、三か月をめどに第三者から借地して旧プレハブを設置したのに、右3のとおり工事は完成していながら一審原告が向川原家屋に入居せず、本件物件も引き取らないため、借地の期間が大幅に長期化し、第三者から右土地の明渡しを求められたことから、一審原告に代替保管場所として本件プレハブを提供して本件物件の移転を要請したにもかかわらず、同人が何ら合理的な理由もないのにこれを受け入れなかつたので、やむなく本件仮処分の申請をしたものである。

5  本件物件には、いわゆるがらくた類も多く、一審原告は、本件仮処分後、昭和四九年一二月一六日、自ら申し出て本件物件の一部を搬出したほか、昭和五〇年一〇月七日の点検執行の際、古木材を搬出しただけで、他の多くの物件の搬出を申し出ていないし、むしろ、点検執行の際本件プレハブ内が荒らされていることを認識しながら、自ら簡単に取りうる被害防止のための何らの方策も取らないばかりか、本件プレハブ内の本件物件の保守管理も全くしなかつた。なお、旧プレハブ内に保管されていたときは一審原告においてこれを管理していた。

6  本件プレハブは、一審被告会社の所有地内に設置されていたが、常時監視の行く届く場所でないため、第三者がプレハブ内に侵入して本件物件の一部を紛失、毀滅させることがあつたが、福岡地方裁判所田川支部執行官は、一審原告から点検執行の申請があつた場合にだけ、前記5のほか、具体的には、昭和五四年六月一三日、同年一二月四日、及び平成元年六月二〇日に本件プレハブに臨場し、一審被告会社の担当者もあまり見回りには行つていなかつた。

二  原判決事実及び理由欄第二の二の当事者間に争いのない事実、及び前記認定の事実によれば、本件仮処分は、旧プレハブに保管されていた本件物件につき一審原告の占有を解いて執行官の占有に移すことにはなつていたが、通常の同種の仮処分のように債務者の動産に対する占有を排他的に奪うものではなく、むしろ、本件プレハブに保管された後も一審原告はいつでも本件物件を搬出して使用、処分することができることとされていたもので(もともと、一審被告会社の目的は旧プレハブの明渡しを求めることにあつたもので、本件物件に対しては何ら権利を主張していたものではない。)、一審原告の向川原家屋の工事が終了してそれが使用できるようになれば、同人が速やかに本件物件を引き取ることが予定されていたのであつて、本来、一審原告が自ら保管すべき家財道具その他の物件を、同人の便宜を考えて一審被告会社が保管場所(旧プレハブ)を提供していたのに、工事を事実上妨害され、同社が予定していた借地期間が大幅に長期化し、第三者から旧プレハブ敷地の明渡しを求められ、代替保管場所として本件プレハブを提供して本件物件の移転を要請したにもかかわらず、一審原告が何ら合理的な理由もなくこれを拒否したため、やむを得ず旧プレハブの明渡しを求めるとともに公権的に本件物件を本件プレハブに移転させる趣旨で、本件仮処分の形式を取つたものであることが認められる。したがつて、本件仮処分は、本件物件に関しては、一審被告会社が本件物件の代替保管場所として一審原告に本件プレハブを提供するという結果の実現を図つたものにすぎないといえ、もともと執行官による長期間の占有、保管は予想されていなかつたことがその主文の文言に照らしても明らかである(一審被告としては、単に本件物件の撤去と旧プレハブの明渡し断行のみの仮処分を申請することもできた事案である。)。また、本件仮処分の場合、保管場所は決定で特定されており、その限りでは執行官に裁量の余地はないし、実際的にみて、本件プレハブの管理をいくら厳重にしても限度があり、第三者の侵入を完全に防止することは不可能に近く、むしろ、一審原告が本件物件の搬出をする等便宜の方法をとれば、簡単に問題は解決した(向川原家屋は、本件仮処分当時は使用可能であつたはずであり、本件物件を従前どおり右家屋に保管すればよいのに、一審原告は、一審被告会社に理不尽な要求を繰り返し、あえてその使用をしなかつただけである。)のに、同人は、十数年間も本件物件をいわば放置していたものである。

このような場合、本件仮処分を執行した執行官に通常の動産を占有した場合の一般的な注意義務を課すのは相当ではなく、事件に即した具体的に限定された注意義務が課せられるにすぎないと解すべきである。すなわち、本件物件の紛失、毀滅が、本件プレハブ内に侵入した第三者によるものである以上、年に一回とか数回の点検執行でこれを防止することは不可能であるから、執行官の点検の義務を云々しても意味がなく、梅丸、橋本各執行官が自主的に点検しなかつたことをもつて注意義務違反であるとすることはできない。この理は、執行官が保管責任を持つと一審原告に確約していたとしても同様である。なぜならば、執行官は、その当時本件の特殊な背景やその後の展開を認識していたわけではないから、単に一般の場合を念頭に置いて発言したにすぎないであろうからである。また、執行官に保管を命じられた一審被告会社の担当者も、執行官と同様に限定された注意義務しかなく、同人にその義務違反に当たると評価すべき行為は認められないというべきである。

三  そうであれば、その余の点について判断するまでもなく、一審原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきであり、同請求を一部認容した原判決はその部分において不当であるから一審被告国の控訴及び一審被告会社の附帯控訴に基づいてこれを取り消し、一審原告の請求を棄却することとし、一審原告の控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柴田和夫 裁判官 足立昭二 裁判官 有吉一郎)

《当事者》

第五〇九号事件控訴人兼第五三一号事件被控訴人兼第八七四号事件附帯被控訴人(以下「一審原告」という。) 辛 三竜

右訴訟代理人弁護士 榎本 勲

第五三一号事件控訴人兼第五〇九号事件被控訴人(以下「一審被告」という。) 国

右代表者法務大臣 後藤田正晴

右指定代理人 富田善範 <ほか一名>

第五〇九号事件被控訴人兼第八七四号事件附帯控訴人(以下「一審被告」という。) 古河機械金属株式会社 (旧商号 古河鑛業株式会社)

右代表者代表取締役 奥村 豊

右訴訟代理人弁護士 石田市郎

右訴訟復代理人弁護士 赤根良一

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